2019年11月02日

日本人とユダヤ人

霊界物語でも日猶同祖が語られますが、日本に失われたユダヤの部族が来たのは、弥生時代以降だと考えられます。秦氏は3~4世紀まで遡るということです。
狭依彦はひそかに、中部日本の縄文中期を荷ったのはユダヤ人だと思っています。
※Wikiで見ると、ユダヤ人が聖書に出てくるのが紀元前17世紀だと言いますから、今から3,700年前、縄文中期は例えば、藤内遺跡で約4700年前ですから、時代が違っていると思われるので、「ユダヤ人の先祖」と書かなければならないでしょうね。

ユダヤ人は、何次にも分けて来ているのでしょう。
DNAからの研究でも、日本人の一部の人のDNAに、ユダヤからもしくはレムリアかムー大陸からのがあるそうですから。

日猶同祖論で無くても、通常の歴史でも、奈良時代にシルクロードを通ってユダヤ人が来ていた(移住ではなく僧とかとして)のは間違い無いと思います。
とすれば、600年代にユダヤ人が来ていても、何の不思議も無いでしょう。

さて、話は飛躍しますが、成田空港の近くに芝山千代田という駅があります。日本一短い私鉄の駅です。
この駅を調べていて、芝山町の古墳で発掘された埴輪がユダヤ人の恰好をしているという事が分かりました。
古墳は昭和30年代(1950年代)に発掘され、発掘調査の結果610年(推古天皇18年)から620年(同28年)の間に造営された可能性が高いということです。



これは、ユダヤ人のオーソドックス(超正統派)と同じ恰好のように感じられます。
ただし、この超正統派がいつから存在するかが問題です。1800年ころだったら、600年代のこの埴輪は「他人の空似」ということになるでしょう。

霊界物語でも日猶同祖でも、ユダヤ人が日本人の祖先であることは「嬉しいこと」のように語られますが、「そんなに嬉しくないだろう」というのが、狭依彦の感覚です。

さてさて、今後、このブログ、霊界物語の日猶同祖、淡路島と四国の古代のユダヤなどをテーマの1つとしたいと思っています。
posted by 狭依彦 at 00:12
"日本人とユダヤ人"へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。