2019年12月25日

御三体の大神

霊界物語を読んでいると、難定義語がいくつかあります。

「御三体の大神」という言葉もそれだと思います。

教義に直結する語であるので、非常に難しく感じます。

きっと、こういう言葉は、当時の天皇制に慮った言葉で、霊界物語を読む信者は別の所で聞いて意味を知っていたと思われますが、実際はどうだったのでしょうか?

例えば次の章 第1巻第二二章 国祖御隠退の御因縁

ここでは、御三体の大神と三体の大神が出てきます。
私には、違う存在に読めますが、どうでしょうか。

ちなみに、これについて、何を見たら分かるのか、どこに聞けば分かるのか?大本教団に聞いたら分かるのか?

私は、どうしたらよいか分かりません。

検索して、調べていたら、大本教団からの昔の資料がありました。


随筆『神霊界』大正8年8月15日号掲載

 大本皇大神と奉称すれば、天地八百万の神々の総称でありますから、一々神名を称へたり、一々特殊の神を祭つたりする必要は無いやうなものですが、併し是は普通二扁の理窟であります。

 皇道大本に現れた大国常立の尊様の御神示には、今度の二度目の天の岩戸開きに御用遊ばす神様から、一々神名を現はして、丁重に御祭つり申上げ、神界も人間界も共に勇んで暮す神国に致すぞよと在りますから、始めからの大本の役員信者は、重なる神々を祭祀し、且つ朝夕御神名を称ヘて居るのであります。先日修斎会副会長小牧氏より、重なる神名を発表されたいとの希望でありましたから、左に大略記しておきます。

 第一に御三体の大神を教祖様が御唱へになりました。御三体の神名は、

  高皇産霊大神……伊邪那岐大神……日之大神。
壱 天之御中主大神……撞榊向津姫尊……天照皇大神。
  神皇産霊大神……伊邪那美大神……月之大神。

 以上三列九柱を御三体の大神様と、教祖が奉称されました。

 天に在します大神様なれど、今度の二度目の世の立替に就て、地上の高天原ヘ御降臨遊ばして大国常立の命様の御神業の御手伝を遊ばすのであります。

 明治二十五年正月元朝寅の刻に、始めて教祖に神憑あらせられたのは、艮の金神大国常立尊様でありました。次に竜宮の乙姫玉依姫命が神憑せられ、次に禁闕要の大神(正勝金木神)澄世理姫尊が御憑りになつたので、最初の間は教祖様が、

   丑寅之大金神大国常立尊。
弐  禁闕要之大神……澄世理姫尊。
   竜宮之乙姫神……玉依比売尊。

 以上の三柱の神を祭つて居られましたが、漸次に出現神が次の如く現はれたのであります。

   雨之神……天之水分神……国之水分神。
   風之神……科戸彦神……科戸姫神。
   岩之神……岩長姫神……岩戸別神。
   荒之神……大雷男之神……別雷男之神。
   地震之神……武雷之神……経津主神。
   万の金神。並に大本塩釜大神。

 以上の神々も祭られたのであります。

 明治三十一年正月より、
   坤之大金神……豊雲野之尊。
   木花咲耶姫尊……弥仙山祭神。
   彦火火出美尊……同上。
四  豊受姫大神……伊勢外宮。
   稚姫岐美尊……伊勢烏の宮。
   大国主大神……出雲大社。

 次に明治三十三年四月八日より以後。

   大島大神……丹後冠島。
   小島大神……全沓島。

五  元伊勢神宮……丹後加佐郡。
   一宮神社……丹波福知山町。
   神島大神……播州牛島。

 其他に未だ沢山の神様が現れて居られますなれど、何れも御活動中でありまして、一般に神名を現はし祭るのは、神政成就後の事になりて居りますから略します。亦た役員や信者に憑依りして活動されて居る神様もあり、其の人々の守護神で、各自に活動して居られる神が、沢山に現はれて居りますなれど、是等も神政成就後に夫れぞれ御働きの多少に依つて、神界より許されて、国家の守護神と祭られ玉ふ事になるのであります。

 兎も角通俗的に教祖の奉称された御言葉は、次の通りでありますから、吾々始め大本の元からの役員信者は、教祖の御称なされた通りに、今に守つて居るのであります。

 御三体の大神様。
 日の大神様。
 月の大神様。
 艮の大金神……国常立の大神様。
 坤の大金神……豊雲野の大神様。
 竜宮の乙姫様……日の出の神様。
 禁闕金の大神……大地の金神様。
 弥仙山の木花咲耶姫命様。
 中の御宮の彦火々出見命様。
 大本塩釜御夫婦大神様。
 雨の神様。
 風の神様。
 岩の神様。
 荒の神様。
 地震の神様。
 八百万の金神様。
 取分け神風の伊勢に鎮まります。
 天照皇大神宮様。
 豊受大神宮様。
 於加良洲大宮神様を始め奉り、
 日本国中に鎮ります、世に出て御座る神様御一同様。
 昔から世に落ちて御守護遊ばし下さりました、八百万の生き神様。

 総産土の大神様の御前に、日々の広き厚き御守護を有難く御礼申上ます。



posted by 狭依彦 at 12:53| Comment(0) | 周辺知識 | 更新情報をチェックする

2019年11月02日

アスケナズ Ashkenaz

小嶋秋彦氏の『神聖の系譜』という本を読んでいます。
本人も前書きで、『本書を全般に亘って目通しするのはかなり忍耐が要ると思います』と書いているように、なかなか頭に入ってこないのですが、霊界物語の物語が展開する場所にイランが多いのが何故か分かるかも、と読んでいます。

アスケナズ
Ashkenaz
アナトリア西方現在のブルドルBurdur市のある古い地方名。

とあります。
Ashkenazはwikiには日本語のページはありませんが、次のように翻訳してくれています。

アシュケナズ
(Wiki)説明
英語から翻訳-ヘブライ語聖書のアシュケナズは、ノアの子孫の一人です。 アシュケナズはゴメルの長男であり、国家表のヤフェト族の族長です。ラビ文学では、アシュケナツ王国は最初スキタイ地方と結び付けられ、その後スラブ領と結び付けられ、11世紀以降はドイツと北ヨーロッパと結び付けられました。


これは、アシュケナージ・ユダヤ人の語源になっているのでしょうか?
これまで、現在のユダヤ人の中心となっているのは、改宗ユダヤ人のカザール(ハザール)であると私は考えていましたが、ちょっとだけ「あの人たちはニセ・ユダヤではなく、本物のユダヤであるかも知れない」という感じがありましたので、この話は参考になるかも知れません。
『神聖の系譜』を眺めていると、エンキ神もこのアスケナズも『霊界物語』に出ているのでは、と思えてきます。
posted by 狭依彦 at 19:37| Comment(0) | 周辺知識 | 更新情報をチェックする

日本人とユダヤ人

霊界物語でも日猶同祖が語られますが、日本に失われたユダヤの部族が来たのは、弥生時代以降だと考えられます。秦氏は3~4世紀まで遡るということです。
狭依彦はひそかに、中部日本の縄文中期を荷ったのはユダヤ人だと思っています。
※Wikiで見ると、ユダヤ人が聖書に出てくるのが紀元前17世紀だと言いますから、今から3,700年前、縄文中期は例えば、藤内遺跡で約4700年前ですから、時代が違っていると思われるので、「ユダヤ人の先祖」と書かなければならないでしょうね。

ユダヤ人は、何次にも分けて来ているのでしょう。
DNAからの研究でも、日本人の一部の人のDNAに、ユダヤからもしくはレムリアかムー大陸からのがあるそうですから。

日猶同祖論で無くても、通常の歴史でも、奈良時代にシルクロードを通ってユダヤ人が来ていた(移住ではなく僧とかとして)のは間違い無いと思います。
とすれば、600年代にユダヤ人が来ていても、何の不思議も無いでしょう。

さて、話は飛躍しますが、成田空港の近くに芝山千代田という駅があります。日本一短い私鉄の駅です。
この駅を調べていて、芝山町の古墳で発掘された埴輪がユダヤ人の恰好をしているという事が分かりました。
古墳は昭和30年代(1950年代)に発掘され、発掘調査の結果610年(推古天皇18年)から620年(同28年)の間に造営された可能性が高いということです。



これは、ユダヤ人のオーソドックス(超正統派)と同じ恰好のように感じられます。
ただし、この超正統派がいつから存在するかが問題です。1800年ころだったら、600年代のこの埴輪は「他人の空似」ということになるでしょう。

霊界物語でも日猶同祖でも、ユダヤ人が日本人の祖先であることは「嬉しいこと」のように語られますが、「そんなに嬉しくないだろう」というのが、狭依彦の感覚です。

さてさて、今後、このブログ、霊界物語の日猶同祖、淡路島と四国の古代のユダヤなどをテーマの1つとしたいと思っています。
posted by 狭依彦 at 00:12| Comment(0) | 周辺知識 | 更新情報をチェックする
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